エッセイ

エッセイ

日々の臨床の傍ら、感じた様々の出来事を認めました。

 

「平」について

「平成」の年号が、30年の歴史を経てこの4月で終わる。私はこの「平成」という年号が好きであった。   「平」という文字で最も古い記憶は、中学校の教員に「平 十次先生」がおられ、クラスに「平 幸子」さんがいた。それ以後、「平」の認識は年を追うごとに変わって行った。平穏、平常、平静、平均、平気、 平和、平行、平凡、平坦、平脈などなど・・・。その中から、ものごとが、毎日が、身体が、当たり前に、何事もなく、人並みに過ごして行けることが「平」であり、その有り難さを大切にして行こうと思うようになってきた。

東洋医学の季節の呼称に、春季は「発陳」、夏季は「藩秀」、秋季を「容平」、冬季は「閉蔵」がある。この中の秋→「容平」という文字の意味であるが、秋を迎え穀物が成熟し一定の形(容)に平定することである。その形が「平」という一定の大きさや重さを規定しそれに満たない場合には規格外とするという意味を含むのであろう。このことから、幼少の頃に隣家の農家が晩春に行う浮力を利用した米の種籾の選別風景を思い出す。大きな木の桶に大量の塩を投入し、そこに種籾を入れて浮かんだ種籾を掬い取るのである。沈んだ種籾は、やがて苗代に巻かれて発芽成長し田植えをするための苗になる。このことを東洋医学的に考察すると、浮かんだ種籾は「容平」(一定の基準)を満たさない、いわゆる「虚証」であったと考えても良い。当然、規格外に大きく育ち過ぎは「実証」として除外の対象となるであろう。

東洋医学の病証分類に「八綱」がある。これは「八証候」とも言われ、患者の病証を「陰・虚・裏・寒」と「陽・実・表・熱」の八種類に分けたものであるが、日々臨床に携わる開業鍼灸師としては、常々これらの2群に分けられた八種類の証候の間に「平証」という概念があってもいいのではないのか?と考えている。

鍼灸治療を受診する患者の中には患者自身に自覚症状が無く、いわゆる「健康管理」のために来院する場合が多々ある。この「平証」とは、このような患者を含め先述の八綱病証に区分が出来ない、または出来にくい場合に該当する。それは、その患者に自覚症状がなく、先天の気(骨格)にふさわしい後天の気(肌肉→骨格筋)を備えていることが条件であるが、とりわけ八綱分類をする必要がない場合は「平証」と考えることにしている。勿論、これは病証分類についてであり、四診による東洋医学的な診察、脈診、舌診、腹診、背候診などによる所見の数々は重要な情報である。

鍼灸臨床は、その患者の「平証」にいかにして近づけるか、またその「平証」の内容をより向上させるかであろう。現代医学的にいえば恒常性維持機能(ホメオスターシス)の幅を増すことや免疫力の向上を意味し、東洋医学的には未病を治すことに繋がることになるが、それらは臨床鍼灸師としての究極の目的といえよう。

 「節気」

日本には四季があり、その移ろいを「節分」、「立春」、「啓蟄」、「夏至」、「秋分」、「冬至」などの「二十四節気」と名付けて区切っています。

このように日本には明確な季節の推移があり、それは私達の生活や文化に、健康に、精神に種々の面で影響を与えてきました。問題になるのは、それらの明確な季節への「移行する期間」です。それは陽気の不定な「曖昧な情況」にあり、医療の視点で捉えると、この「曖昧な情況」が身体に大いに影響する体質の人がいます。いわゆる季節の移行期に上手く適応できず、環境の揺さぶりに弱い体質の持ち主である。夏の室内・外の温度差、クーラーの吹き出しや入浴後の湯冷め、寝冷え、冷・生物の飲食などの「温度差」が微妙に影響し不定愁訴を発症してしまう人々です。このような体質の人に、ある期間定期的な鍼灸治療の継続で改善されます。

東洋医学の本分は「治未病」とされます。この「未病」の概念は、身体の不安定な症状を呈す

る情況を意味します。西洋医学でいう「不定愁訴」とか「有愁訴-無診断症候群」という言い方が正にそれに該当します。東・西両医学共にこの時期は、患者の心身の在り方を正しい方向に導くことによって疾病(已病)にさせことが、いわゆる「治療」や「養生」の目的とされています。この多様な愁訴を持つ境界型の患者さんの治療では、心と身体を俯瞰し、その患者さんにもっとも必要な情報を与えることです。それは、巷に溢れる医療情報の中から、目の前の患者には何が必要であり、大切なのかを選択すること。さらに、患者の誤った健康概念や生活習慣(飲食の嗜好、運動法など)を正しく導くための説諭をし、そして気付きを与えること。これらを、東・西両医学を通して見つめた上で考察し、その患者さんにもっとも相応しい情報を提供できるのは、鍼灸師の臨床でしか成し得ないと考えています。

今後の医療の在り方を考える時、鍼灸師はその医療の中にどのような立場でその存在意義を保つべきであろうか?私の持論は「家庭鍼灸師」ですが、不定愁訴があって揺れ動く心・身を抱えた患者さんは正に「不安定な立場=移行期」にあると考えられます。そのような患者さんを鍼灸師は、患者の心・身を適切に導くことによって、患者さんの愁訴が改善され、患者さんの健康維持に繋げていくお手伝いをすることが鍼灸師の在り方と考えています。

「杜 氏(とじ)」                                             平成17年11月29日の朝日新聞に掲載された「健康な腸で病気を防ごう」という記事の中に理化学研究所の辨野義巳氏が腸内細菌の在り方が健康を左右するという見解を提示し『100兆といわれる腸内細菌は善玉菌と悪玉菌に分けられるが、その悪玉菌による有害物質が腸壁から吸収され全身に及ぶことで癌や認知症などを含むあらゆる病気の発生の源となる』と述べておられる。そしてその腸内環境の良し悪しは結果として毎日排泄される糞便の様相により判断できる(大便は⇒大腸からの便り)。そこで辨野氏は「理想的な便」の条件として①臭いがきつくない②黄色から茶色がかった色③毎日バナナ3本位の量とし『トイレは体からの便りを受け取る場所きちんとチェックして』と結んでおられた。

当然のことながら、そのような腸内環境を左右するのは私達が口から入れる食物です。。内視鏡の世界的権威、新谷弘実氏は著書「胃腸は語る」で『摂取する食物によって胃相・腸相が変わってくる』と日本人の肉多食の弊害を警告されています。古来「医食同源」といわれ「食」の大切さを認めながらも、私達はよく「見た目や好みで食べてしまう」ことがあるものです。これは腸内の環境を預かる「杜氏?」としては大変困る事態といえます。

前述の辨野氏も『肉類に含まれる脂肪分が腸内に有害物質を生む悪玉菌を増やし、アンモニアなどを生成し腐敗させるために諸病発症の根源となる』と警鐘を鳴らしておられる。考えてみれば、私達は各々のお腹に個々に酒蔵(さかぐら)を抱えているようなものです。そして日々の「理想的な便」の排泄は個人々々の大きな健康の指標になります。では実際の酒造りの総指揮者といわれる「杜氏」の役割は個々の体でどのように担えばいいのでしょうか?私達は各々の身体に「酒蔵」が存在することに気付き、自らが杜氏となり、日々良好な糞便が排泄されるよう様々な英知を駆使すべきです。また、その気付きができておらず、自分の身体に似合わない飲食によって生じた下痢や便秘や腹痛などが生じた場合には、この道理を正しく理解すべきです。

本当の処、日々「理想的な便」に出合えることは、自らの身体に『ありがとう』という労いの一言をあげてもいい程に重要なことだと思います。                                       

 

「もったいない」                                             幼い頃、茶碗にごはん粒を残したり、食べ物を粗末にすると、そのたび毎に母に『もったいない』と叱られたものです。当時は我が家も貧しく、世間でも食糧をはじめ物資が乏しかったので、母も「食べ物を粗末にするな」という意味でいったのでしょう。しかし、この「もったいない」ということばには惜しいという意味の他に、罰があたる、恐れ多いという意味があることを知りました。

昨今ではこの「もったいない」は死語になった感があります。賞味期限と称して食品に期限をつけ、それが一日過ぎたから捨てる、バナナの皮に黒い斑点が出来たので売れないから捨てる、2年毎の車検のたびに新車に代える、まだ充分に美しい映像を保っているテレビでも、少しスイッチの具合が悪いからと粗大ゴミに出してしまう、まだ充分に使える冷蔵庫でも型が古いからと買い換える、コピーやFAXでの大量の紙の消費など、今や使い捨ての時代、大量消費時代と称して、まるでそれが美徳のようになってしまいました。鍼灸臨床でも感染防止のために鍼、シーツ、などのデイスボーザブルがいわば常識になっています。このようなことは、物が豊富にあるから使い、捨てる、買い換えるという手段がとれるのですが、この大量消費とまったく逆に、ひとつの物を長いこと大切に使い切ることの尊さは、この「もったいない」というひとことで表現が可能です。

さて、今や人間の平均寿命は男・女共昔から『古来希なり』といわれた七十歳をはるかに越えました。延命医療といわれている現代医学的な医療の発達もあるでしょうが、このようにひとつの「いのち」で長生きできるようになったことを喜ぶべきでしょう。

私たちが人間としてのこの世へ出生したことを、仏教でいう輪廻転生(「輪廻」=魂が転々と他の肉体を巡って永久に滅びないこと、「転生」=生まれ変わること)の一環であるとするなら、人として生まれ生かされていることには感謝の念を越え畏怖の念すら覚えます。人として生を受けたのならば、天寿を全うすべく本人もその命を大事にすべきです。

鍼灸師も含めて、医療に携わる者は人間の「いのち」の変遷(生・病・老・死)のすべての場面に立ち会い、その維持、支援、応援を目的として治療行為を施すことが許されている特異的な立場にあるとの認識が必要だと思います。心身の異常を訴えて来院する患者への対応は「癒し」という語彙で一括されますが、神の最高の創造物と例えられる人間の心身の維持や異常に施す癒しの行為は、神の所作にも例えられるものだと考えています。筆者の知る限りでは、マザーテレサ女史がカルカッタの「死を待つ人の家」で行っていた行為『貧しく、飢えて死に行く人に『よく辛い人生を生きてこられましたね。さあ安らかに旅立ちなさい』といって見送ってやること』が人間への最高の思いやりに溢れた癒しの行為としてこころに焼き付いています。

鍼灸師が患者に向き合う時の心がけはどのようにあるべきでしょうか。鍼灸師が死の臨床に遭遇することは稀ですが、その他の状況でも必要なのは、その患者の側に立った恕のこころがけでしょう。そして、もっとも失ってはならないことは「患者のいのちに対するもったいなさに心を砕くこと」ではないでしょうか。        活比呂

『生・病・老・死』の周辺 

平家物語の冒頭に「諸行無常、盛者必衰」という文章があります。また「生者必滅、会者定離」(法華経)ともいわれる。これは生物界の絶対的な原則であり、人類の場合も例外はあり得ず、この世に生を受けたものにはすべて寿命があります。『人間は死ぬことを知った時から本当の生き方ができる』ともいわれます。実際、若い頃には命に限界があるなどとは考えられずにいつまでも生きられるように思っていたこともありました。歳を重ねていくうちに様々な別離に出逢いました。親しかった隣人の転勤による遠方への別れ、肉親との悲しい死別、病魔に侵された学友や知人や先輩との突然の別れ、永いこと治療を続けていた年老いた患者さんとの永久の別れなどに出会ってきました。

人生の一つの表現として「生・病・老・死」と言い表すことが可能です。以前病院に勤務していた時に、こんなことを考えたことがありました。「人間は案外生まれるときには淋しいものいだなー」と。病院の産科で毎日のように新生児の誕生があったが出産は産室で母親が独りで頑張ることが多く、夫や家族がその誕生を待つというケースはかなり少なかったという印象でした。それに引き替え葬式は出産に比べ人が集います。葬式は「その人となり」を表すといわれ、その人が如何なる人生をつみ重ねたかが判るといわれます。しかし、それにくらべると人の誕生は淋しすぎると思ったものでした。歴史に残るような人物の中にも出生が定かでない人がいます。やはり人は「氏より育ち」なのでしょうか。

さて、今の医療は「延命医療」といわれているように、脳死の状態になってもスパゲッテイ状態の「生かすため」医療が目に付きます。そのような脳死状態の患者への「安楽死」の行使はたとえ医師でも犯罪となってしまいます。そのような「死」に対する一種の手厚さに比べて、「人の命の誕生」に関しては優性保護法の名の下に命を闇に葬る人工中絶、その前提となる性の乱れ、唯物的になってしまった少女の援助交際の横行、それを煽るような性表現の雑誌など、あまりにも軽薄で・甘く・無定見・無慈悲といくらでも批判めいた言葉が出てきてしまうような「いい加減さ」を感じてしまいます。

私たち鍼灸師は、患者の生病老死のうち「病」と「老」をみつめていくことがほとんどです。これを臨床という立場からすれば「病まないように」、「老いないように」することが務めですが、これらは古来より鍼灸治療に携わる全ての者が治療の目的とし、追い求めてきた「養生」という言葉に置き換えられると考えます。養生とは「生」を「養う」ことであり、その「生」とは西洋医学的には生命でありそれを支える生命力・体力・免疫力・抗病力・自然治癒力・恒常性維持機能(ホメオスターシス)を意味していると考えます。東洋医学の四診(望・聞・問・切)ではこの「生」を正気(陽気・衛気)の在り方と捉えることを目的にしていますが、術者がこのような正気=患者の体力の在り方をかなり具体的に把握する方法を持ち合わせていることは、東洋医学の西洋医学にない大きな特質のひとつであり、その「正気の在り方」が治療の基になります。

来年度から施行される介護保険法が示すように、これからは老齢化社会の到来です。誰もが老後を如何にして健康に快適に生き生きと過ごすか、そして自分も周囲も納得出来るような人生の終末を迎えるかが共通の願望といえます。その部分に鍼灸治療を通してどのように関わっていくのか、鍼灸師ひとり一人の考え方や能力の違いにもよりますが、鍼灸治療には多くの可能性を含んでいると思います。患者の精神+身体とを丸ごと把握し、特にその時々に患者が持つ情動に配慮しつつ対応する東洋医学は、心身が衰えつつ揺らぐ老齢者の介護と治療(ケア&キュアー)には最適なものではないかと考えています。

生・病・老・死の順でいけば生の後に「健」の文字を入れてみたい気もします。『青春とは人生の或る期間を言うのではなく、心の様相を言うのだ』という(米)サミュエル・ウルマンの言葉があります。年齢に相応しい健やかさを保ちつつ、永い人生の日々を希望を持って生き生きと楽しむことができるようにと願う患者のニーズに、鍼灸とまごころで応えていくことが私達の使命ではないでしょうか。    活比呂

「大 根 鍼 灸 師」                              2006年

昔、お腹が空いて何もない時に、太目の大根を輪切りにし生味噌を付けて食べた懐かしい味を思い出す。また、役者に対して『あいつは大根だなー』という言い方をする。巷間「大根役者」の意味は①下手な役者のこと②演技のまずい役者の軽蔑語のこと③芸のまずい役者のことなどと言われるように、非難とか否定的な言い回しである。しかし、「大根」は料理によって実に多彩な変身を遂げる。例えば味噌汁の具、膾、浅漬け、沢庵漬け、切干大根、割り干大根、おろし、おでん、鰤大根、刺身のつま、サラダ、凍み大根、炒め大根、ふろふき大根etc・・・。このように、大根の様々な変身を考え合わせると、「大根役者」のイメージは違ってくる。「大根役者」というのは、前出のような批判・否定・軽蔑の意味ではなく『どんな役柄もこなせる才能の豊かな人のこと』を指すのではないのか?むしろ賛辞・肯定・賞賛の意味と考えてみると、これもまた赴きを増す。よく「○○冥利」という言い方をする。ある俳優が「役者冥利に尽きる」ということを言ったその理由に『色々な人生を経験できるから・・』とはなしていた。それは、その役を演じる事で、その役柄の人生が体験できるからと理解できる。

翻って、鍼灸臨床に目を移して考えてみると、私達は役者さんとは異なるが、様々な患者に遭遇することで、その患者の愁訴を通して家庭や職業、趣味などを含んだその患者の人生と関わりを持つ。付き合いが長くなった患者さんとの鍼灸臨床は、技術以前に患者との人間としての信頼関係の構築が密になり、その患者の全人的、全生活的対応が必要となってくる。これは前述の俳優の例と少し立場を異にするのだが、大変類似した状況にあると考えられる。俳優さんは自己顕示欲が強く個性的な人が多いが、鍼灸師にも中々皆さん個性が強い方々が多い。しかし、鍼灸師が十人十色の患者さんにいい関係を保ち続けるには、各々の患者に合わせていく「大根」のような種々の多面な側面をも持ち合わせる才覚や素養が必要であると思う。

師匠の代田文彦先生はご著書の中で、『人間の体質は簡単に色分けできない複雑なものである』という理由から「患者を施術する側の自説で分類すること」を強く戒めておられた。それは先生の「人間(個体)の多様さ、複雑さ」に対する『要素還元主義による鍼灸治療』を施すことへの戒めであった。私は、『どんな患者にも、その患者の心・身の持つ本質に迫る必要性』を説いたものと受け止めていた。

代田文誌先生の師である澤田健先生は『太極療法』を実践されておられた。この『太極』とは陰・陽を超越した存在をいい、その患者の持つ体質の原点(本質)を指していると考えている。したがって「太極療法」を志す鍼灸師は、大根のような多くの可能性を秘めた素養、また多様な患者さんの細やか心の襞を理解し得る、多面的な適応能力(寛容さ)を培う必要があるのではなかろうか。

今後、臨床を続けていく中で、師・代田文彦先生の遺訓にどれだけ迫っていくことができるのであろうか?これからも「大根」に習い、より多くの病める人々の心・身に寛容となり、その病める立場を思い、仁術を誠実に施していきたいものである。  活比呂

 

「駆け込み寺」

昔、遊廓の近隣には俗に『駆け込み寺』といわれる寺があったという。その寺に逃げこめば町方の十手を取り仕切る者でも立ち入れなかったと聞く。その頃、東北や北関東の子沢山で貧しい農家の娘が、口減らしとか家系を助けるために女衒の手引きで遊廓に売られ、過酷な日々を送った遊女にまつわる悲話は数しれない。遊郭はそれなりに幕府の管理下にあったらしいが、年季奉公を終えるまでの拘束はそれは厳しいものがあったようだ。

さて、長い鍼灸院開業の中では鍼灸院が「駆け込み寺」化することがある。それは継続して通院する患者さんではなく、「本当に久し振りー!」という感じの患者さんからの予約の電話があり来院した時などに、その患者さんの口から出てくる言葉は『先生がここにいてくれるから安心なんです』である。このような言われ方は心の底を擽(くすぐ)られるような思いと同時に、何かとてつもなく重い責任をも感じてしまうものである。そんな患者さんは『私の駆け込み寺だから』と冗談めいたことをいう。そして決まって『先生は困ったときの神頼み』だともいう。そんな患者さんの中には、普段は軽症だったら00で、こうなったら△△で、どこでもだめだったら××でという取り決めをしているきらいが窺える。その最後の××がすなわち「駆け込み寺」になり、患者さんにしてみれば「駆け込み寺」はいわゆる救急センターとの認識なのであろうか。

かつて、日本医科大学附属病院の必死の救急救命活動ドキュメンタリーをTVで観たことがある。鍼灸院では生命に繋がるような患者に遭遇することは稀であるし、その任はないと思うが、時には、鍼灸院に駆け込む患者さんの中にも覆い隠された重症な疾患を鑑別しつつ、場合によっては他の医療機関との連携をとりながら患者さんの満足を得られるような対応をしていくことが必要になる。鍼灸師は、医師とは受け持つ医療の質は異なるが、患者の側に立てば鍼灸治療も『救急医療の担い手』になることができ、『かかりつけ鍼灸師として地域医療の一員である立場の自覚をもつこと』これが、これからの医療における鍼灸師の在り方でなかろうか。                   活比呂